この曲の残されている自筆譜はまだ作品として完成していない状態のもので、印刷されるために書かれたものではなく、読みにくいが、示唆に富んでいる。この箇所ではベートーヴェンはまず付点8分音符と16分音符を書き、その後で拍の後半を装飾していったと考えられるので、初版のリズム分割は正しいと私は考える。
またこの箇所には長いペダルの指示があります。
スコダの論文には、
この3小節の上方に “senza sordino e pianissimo” と書かれているのは、これらの小節が混沌としたペダルの響きのなかで弾かれるべきことを意味している。第4、6、10小節などにある “con sordino” の指示はベートーヴェンによる。チェルニーによるとベートーヴェンはこの協奏曲初演の際にペダルを踏み変えなかったが、状況に応じてペダルを踏み変えることも念頭に置いていたことがうかがえる。
とある。主和音も属和音も旋律の半音の音程も全て一つのペダルで演奏したというのは驚くべきことである。音がほとんど持続しない楽器でかなりの弱音あれば可能なのであろうか。ベートーヴェンの使う “Sordino” という表現は彼ならではのもので、弦楽器の弱音器をイタリア語でソルディーナ(女性形)と言い、ピアノのダンパーのことをベートーヴェンはソルディーノ(男性形)呼んでいたようだ。ベートーヴェンのペダルについては回を改めていくつかのソナタを取り上げて論じてみたい。
第3楽章の259小節にも16小節に及ぶ長いペダルがあるが、ここは例えばワルトシュタインのロンド主題のように独特の響きを求めていたと考え、踏み換えずに演奏した。