YouTube音楽について

「括弧に入れる」グールドと、音楽の統合について

年末から毎週YouTubeに動画をアップしています。少しずつ見てくださる方が増えるといいなと思っています。

今日はベートーヴェンのテンペストソナタ第3楽章がアップされました。

この曲はもっと早く演奏されることもよくありますが、ベートーヴェンの指定はアレグレット。このテンポで出せるこの主題、リズムの味わいのようなものを大切にしてみました。作曲者の指定とあえて違うことをする、とても早く弾いたり、アーティキュレーションをわざと変えてみたりすることは、それはそれで面白く、奏者の個性が出たり、思わぬ効果や印象を生むこともあります。

極端な例はグレン・グールド。私が彼の演奏から感じるのは「括弧に入れる」という効果。ベートーヴェンの指定したアレグレットというテンポ感はなくてアレグロまたは疾走するプレストのようでもあります。このテンポだとむしろ4小節、6小節、といった構造がより明確に感じられる。彼はベートーヴェンの細かなニュアンス、クレッシェンドやディミヌエンド、スフォルツァート、スビトピアノなどもあえて無視。フレーズや構造そのものをむき出しにしようとするかのようです。

これはこれで説得力のある演奏であると言わざるを得ないけれども、私はこのような何かの要素を「括弧に入れる」という手法は取らない。

「括弧に入れる」を括弧に入れているのは、日常会話での括弧に入れるではなく、カント‐ヘーゲルの用語を借用しているから。

ヘーゲルがおこなったカントについての基本的な修正は、したがって、次のようなものである。理性の三つの領域(理論的・実践的・美的)は、主体の態度の移行、すなわち「カッコに入れること」で出現する。つまり、学の対象は、道徳的判断と美的判断をカッコに入れることで出現する。道徳的領域は、認識的–理論的関心と美的関心をカッコに入れることで出現する。美的領域は、理論的関心と道徳的関心をカッコに入れることで出現する。たとえば、道徳的関心と美的関心をカッコに入れるなら、人間は、自由ではない、因果的関連に全面的に条件づけられたものとしてあらわれる。逆に、理論的関心をカッコに入れるとすれば、人間は、自由で自律的な存在としてあらわれる。したがって、もろもろのアンチノミーは物象化されるべきではない — アンチノミーをなす複数の立場は、主体の能度の移行によって生みだされる。柄谷の画期的成功は、しかしながら、そのようなパララックスな読みかたをマルクスに適用したこと、マルクスその人をカント主義者として読んだことにある。 (ジジェク『パララックス・ヴュー』P.94)http://kaie14.blogspot.com/2015/03/blog-post_29.html

もうひとつグールドの「括弧に入れる」効果のわかりやすい例を挙げると、ベートーヴェンの3番のソナタ第1楽章第1主題。

冒頭第1小節4拍目の2つの8分音符のスタッカートがレガートで弾かれることで、拍感通り持ち上がるようなニュアンスを与えられている。3拍目の4つの16分音符の重3度に気を取られがちだがこれらは装飾に過ぎないことが強調されている。スタッカートを「括弧に入れる」ことでアーティキュレーション以外の要素をより際立たせている。

グールドの演奏にはこの「括弧に入れる」手法が、彼独特の豊かなニュアンスと、エキセントリックな演奏法とともに魅力的な演奏であると言わざるを得ないけれども、私はこのような何かの要素を「括弧に入れる」という手法は取らない。それは音楽は多くの要素を統合している芸術だと考えるからです。メロディーとリズムとハーモニー、大きな構造から一つ一つの音まで、すべて含めて音楽。それぞれの国の特徴、時代の流れ、作曲者の思い、演奏者の解釈、多くの要素が統合されて一つの演奏が成り立つ。ある要素を「括弧に入れる」ことで別の何かが強調される魅力もあるとして、その演奏からは当然のことながら括弧に入れてしまった要素は聴こえなくなってしまう。構造や拍感などを十分に感じさせ、さらに作曲者の加えたテンポやアーティキュレーションも表現し、なおかつ聴き飽きた演奏とも違う私ならではの演奏が出来るのではないかと思いたい。そのような演奏は一聴したところ、個性的な、とっつきやすい面白さに欠けた演奏になってしまうのかもしれない。分かりにくい演奏になってしまう可能性もある。往々にしてより豊かなものはわかりにくいものでもある。多くの要素を統合した演奏は、何かを括弧に入れた分かりやすい演奏よりも、より豊かな体験を与えられうるものになるだろう。

2021年2月と3月の日本でのコンサート情報

2021年2月23日(火・祝)青森
弘前文化センターホールにてリサイタル
2021年2月26日(金) 宮崎
宮崎県立芸術劇場 西島数博プロデュース 新作『ーINORIー』
2021年2月28日(日) 東京
広尾のフレンチレストラン「シェ・モルチェ」にてランチ・コンサート
2021年3月6日(土) 東京
イタリア文化会館 アニェッリホールにてリサイタル