冒頭第1小節4拍目の2つの8分音符のスタッカートがレガートで弾かれることで、拍感通り持ち上がるようなニュアンスを与えられている。3拍目の4つの16分音符の重3度に気を取られがちだがこれらは装飾に過ぎないことが強調されている。スタッカートを「括弧に入れる」ことでアーティキュレーション以外の要素をより際立たせている。
グールドの演奏にはこの「括弧に入れる」手法が、彼独特の豊かなニュアンスと、エキセントリックな演奏法とともに魅力的な演奏であると言わざるを得ないけれども、私はこのような何かの要素を「括弧に入れる」という手法は取らない。それは音楽は多くの要素を統合している芸術だと考えるからです。メロディーとリズムとハーモニー、大きな構造から一つ一つの音まで、すべて含めて音楽。それぞれの国の特徴、時代の流れ、作曲者の思い、演奏者の解釈、多くの要素が統合されて一つの演奏が成り立つ。ある要素を「括弧に入れる」ことで別の何かが強調される魅力もあるとして、その演奏からは当然のことながら括弧に入れてしまった要素は聴こえなくなってしまう。構造や拍感などを十分に感じさせ、さらに作曲者の加えたテンポやアーティキュレーションも表現し、なおかつ聴き飽きた演奏とも違う私ならではの演奏が出来るのではないかと思いたい。そのような演奏は一聴したところ、個性的な、とっつきやすい面白さに欠けた演奏になってしまうのかもしれない。分かりにくい演奏になってしまう可能性もある。往々にしてより豊かなものはわかりにくいものでもある。多くの要素を統合した演奏は、何かを括弧に入れた分かりやすい演奏よりも、より豊かな体験を与えられうるものになるだろう。