彼はヘンレ版のベートーヴェンのピアノソナタ全集の指使いを監修し、その指使いは考え抜かれていて非常に示唆に富むものでした。新しい版はペライアの指使いになってしまって残念です。
夏期講習では、ともかく彼の音色の美しいことに驚きました。芯があって響のある、初めて聴く音でした。
テンペストソナタでは左右の音が揃っていない、とだけ言われました。ゆっくり左右の音を揃えて何度も弾きましたが「揃っていない」と言われ、そのレッスンは終わり。貧乏学生が大金を叩いてドイツのリューベックまで行って、レッスンでは音が揃っていない、と言われたのはショックでしたが、これは今思えば本当に大切なことでした。2つの音が同時に鳴るという状態の響きを知らなかった。
シューマンの3番のソナタも見ていただきましたが、そこでは同じ和音を続けて弾くときに指の付け根の関節を柔らかくしてバネというかクッションのように使う、という説明を受け、目から鱗でした。これは今思えば、ミケランジェリがピアノのアクションのダブルエスケイプメントを多用するのと関連があると思います。指の関節で力を抜くか、ピアノのアクションを利用するか、という違い。